

駅を「通過点」から、「物語の入口」へ。04
2023年春。西武鉄道は、かつてない駅リニューアルに挑んだ。舞台は、豊島園駅と池袋駅1番ホーム。目的はただの美装更新ではない。ワーナーブラザーススタジオツアー東京-メイキング・オブ・ハリー・ポッターの開業に合わせて、「駅そのものを体験価値に変える」ことだった。鉄道駅は、日常のインフラである。安全・機能・効率が最優先される空間だ。そこに、映画の世界観という“非日常”をどう組み込むのか。この難題に向き合ったのが、プロジェクト全体を統括するGさんと、現場設計・施工を担った若手建築担当のKさんだった。

Gさん
工務部 施設課 / 課長補佐・専門職
建築分野の専門職として、数多くの駅・施設整備に携わってきた。今回のプロジェクトでは、全体の設計思想や調整を担う立場。

Kさん
工務部 施設課 / 総合職
設計・工事調整を担当。Gさんのもとで、現場とのやり取りや細部の詰めを担った。
CHAPTER01

「ハリー・ポッターの世界観を、そのまま持ち込むことはできない」
Gさんは当時を振り返る。鉄道駅は、テーマパークではない。通勤・通学・生活の動線として、毎日使われ続ける“公共建築”だ。だからこそ、このプロジェクトの主題は明確だった。“非日常を、日常に違和感なく溶け込ませること” 。池袋駅は、来場者が最初に訪れる「出発点」。豊島園駅は、スタジオツアー東京の最寄り駅。この2駅を同時に完成させることで、体験を一連の物語として設計する。それがプロジェクトの核だった。
CHAPTER02

豊島園駅の新駅舎には、公式にも「イマジネーションが日常に溶け込む駅」という明確なコンセプトが掲げられた。赤を基調としたホームデザイン。ホグズミード駅を想起させる意匠。だが、単なる模倣ではない。Kさんは言う。
「ファンだけが盛り上がる駅にはしたくなかったんです。昔からこの駅を使ってきた人たちが、“置いていかれない”ことが大事でした」
そこで採られたのが、としまえん時代のレガシーの再利用だった。
・かつて使われていたベンチ
・電話ボックス
・模型列車
それらをオブジェとして再構成し、ハリー・ポッターの世界観と重ねていく。
「新しいのに、懐かしい。そのバランスを、建築でどう表現するかが一番悩みました」
CHAPTER03

このプロジェクトには、建築的に最も大きな制約があった。駅は、工事中も営業を止められず、列車運行を継続したまま工事を行う必要がある。工期は約1年。しかも、開業日に絶対間に合わせなければならないため、設計・施工を並行して進める圧縮スケジュールで臨まねばならなかった。Kさんは、入社2年目でこのプロジェクトに参加。夜間工事、細分化された工程、そして“見せてはいけないもの”を最後まで秘匿する難しさ。
「完成形が少しずつ見えてしまうと、サプライズとして成立しない。でも工事は進めないといけない。その板挟みでした」
CHAPTER04

池袋駅1番ホームは、ロンドンのキングスクロス駅を参考にデザインされた。レンガ調の壁面。ネイビーカラーのサイン。魔法使いやフクロウのグラフィック。
「池袋は“入口”ではなく、“予告編”だと思っていました」とGさんは語る。
「ここで世界観を感じて、豊島園に向かう気持ちを高めてほしかった」
改修は、駅の機能を一切損なわず実施。人流・視認性・安全動線を保ったまま、空間の印象だけを大きく変える。これは、建築として最も高度な調整作業だった。
CHAPTER05

2023年4月。豊島園駅新駅舎、池袋駅リニューアルが同時に完成。オープン直後から、SNSでは写真が拡散され、メディア取材が相次いだ。だが、Gさんが一番嬉しかったのは、地元の利用者の声だったという。
「“きれいになったね”じゃなくて、“この駅、なんか楽しいね”って言われたんです」
駅は、通過点であり続けながら、目的地にもなり得る。その可能性が、確かに示された瞬間だった。
CHAPTER06

このプロジェクトを通して、Kさんはこう感じたという。
「建築は、構造物をつくる仕事じゃない。人の体験を設計する仕事なんだと、初めて実感しました」
Gさんも言葉を重ねる。
「駅は、まだまだ面白くできる。鉄道会社の建築だからこそ、社会に与えられる影響は大きいと思っています」
豊島園駅・池袋駅リニューアルは、単なる改修ではない。鉄道建築が、物語を持てることを示したプロジェクトだった。
EPILOGUE

駅は、人が集まり、動き、記憶を持つ場所だ。そこにどんな空間をつくるかで、街の印象は変わる。このプロジェクトで得た経験は、次の駅へ、次の街へと受け継がれていく。日常の中に、ほんの少しの非日常を。西武鉄道の建築は、今日もその挑戦を続けている。